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名古屋高等裁判所 平成4年(ネ)625号 判決 1994年1月27日

第六二五号事件控訴人

第六三五号事件被控訴人(第一審原告)

櫻井富雄

右訴訟代理人弁護士

神田勝吾

第六三五号事件被控訴人(第一審原告)

櫻井正則

第六三五号事件被控訴人(第一審原告)

伊藤信義

第六三五号事件控訴人

第六二五号事件被控訴人(第一審被告)

櫻井利宣

右訴訟代理人弁護士

藤井成俊

主文

第一審原告櫻井富雄の主位的請求及び本件控訴をいずれも棄却する。

第一審被告の本件控訴を棄却する。

控訴費用のうち、第六二五号事件について生じた分は第一審原告櫻井富雄の、第六三五号事件について生じた分は第一審被告の各負担とする。

事実

第一審原告櫻井富雄代理人は「1(主位的請求)第一審被告は第一審原告櫻井富雄に対し金五四九三万円及びこれに対する平成五年八月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。2(予備的請求)原判決中第一審原告櫻井富雄に関する主文第二項を取り消す。第一審被告は第一審原告櫻井富雄に対し、原判決別紙第二物件目録記載の各不動産について、平成二年三月五日遺留分減殺を原因とする持分一二分の一の共有持分移転登記手続をせよ。3訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決(なお、主位的請求は、当審において追加したもの、予備的請求は、従前の請求である。)、及び第一審被告の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決、及び第一審原告櫻井富雄の主位的請求に対し請求棄却、控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

第一審原告櫻井正則は、第一審被告の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。

第一審原告伊藤信義は、適式の呼出しを受けたのに、当審口頭弁論期日に出頭しない。

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示(原判決二枚目表一〇行目から同四枚目表六行目まで)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表九行目「存在しているか。」を「存在し、かつ、遺贈物件に含まれるか。」に改める)。

(第一審原告らの陳述)

争点1(二)に関して

原判決別紙第二物件目録記載の不動産は、亡音吉が自作農創設特別措置法によって政府から買い受ける際、長男の鉦三が農業を継ぐという前提で、同人名義にて所有権移転登記を受けたもので、実質は亡音吉の所有であったところ、鉦三が農業を継がないことを解除条件にして、同人に対して贈与したものである。しかし、鉦三は、昭和三五年食堂を経営することになって、農業を継がないことが確定し、解除条件の成就により右不動産の所有権は亡音吉に復帰したから、鉦三の第一審被告に対する贈与は、無権利者のなしたもので無効である。したがって、右不動産も、亡音吉の遺産として、遺留分算定の基礎となる財産に加えるべきである。

(第一審原告櫻井富雄代理人の陳述)

原判決別紙第一、二物件目録記載の土地の面積は合計3625.43平方メートルであるところ、その時価は3.3平方メートル当たり金六〇万円であるから、時価合計は金六億五九一六万九〇九〇円になる(なお、建物の時価は考慮に入れない)。そこで、第一審原告富雄は第一審被告に対し、主位的に、遺留分の価額弁償として、その一二分の一である金五四九三万円、及びこれに対する右金員を請求した準備書面が第一審被告に到達した日の翌日である平成五年八月二七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を請求する。

(第一審被告代理人の陳述)

いずれも争う。

遺留分権利者が現物返還の方法に代えて価額弁償を請求できるのは、遺留分義務者が価額弁償の方法を選択した場合に限られるというべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一当裁判所も、原判決別紙第一物件目録記載の不動産に対して、第一審原告らが有する遺留分は、第一審原告富雄が共有持分一二分の一、第一審原告正則、同伊藤が共有持分各二四分の一であり、一方、第一審原告らはいずれも、原判決別紙第二物件目録記載の不動産に対し、遺留分を有しないものと判断する。その理由は、次に訂正・付加する外、原判決のこの点に関する理由説示(原判決四枚目表八行目から同八枚目裏一行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決四枚目裏一行目「乙二〇」を「官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証」に改め、同二行目「には」の下に「、建築確認年月日、昭和三六年三月二二日」を加え、同「がある」を「があり、また、成立に争いのない乙第一八号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二四号証の一、二の各写真を対比すると、原判決別紙第一物件目録5記載の建物は、伊勢湾台風の前と後では、その外観が著しく相違していることが認められる」に、同三、四行目「乙二一、二二」を「成立に争いのない乙第二一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二二号証」に、同五行目「乙一九」を「成立に争いのない乙第一九号証」に、同五枚目表一行目「甲一九」を「いずれも成立に争いのない甲第一五号証ないし第一九号証」に、同二行目「所有権保存登記」の下に「(表示登記上の所有者は櫻井音吉)」を加え、同行「認められる」を「認められ、しかも、成立に争いのない甲第九号証、原審における第一審被告本人尋問の結果によれば、第一審被告は、昭和一四年九月一日生れであるところ、高等学校を卒業すると同時に昭和三三年四月愛知県庁に就職し、その一年後から愛知大学の定時制に通学もしていたもので、就職当時の給与は一か月金一万円程度にすぎなかったことが認められる」にそれぞれ改め、同三行目から同裏四行目までを、次のとおり改める。

「右認定事実によると、建物が建築された当時、第一審被告は未だ二一歳に過ぎない半学生の身であって、音吉が一家の大黒柱として生存中に、右建物の建築資金を全額第一審被告が工面したとは到底考えられず、しかも、右建物は伊勢湾台風により半壊した建物の補修として融資を受け建築されたものであり、固定資産税の納税義務者は死亡するまで音吉のままで、第一審被告名義による所有権保存登記も、所有者を音吉とする表示の登記を利用して、他の遺贈土地にたいする登記と同時になされていることからすると、昭和三六年における建築は、従前の建物と同一性を保持しながら、補修を目的とした改築としてなされたものと解するのが相当であって、第一審被告が主張するように、旧建物を取り壊して滅失させたうえ、その敷地内に第一審被告が別個の建物を新築したとは到底認めることができない。

したがって、原判決別紙第一物件目録5記載の建物も、音吉がなした遺贈物件に含まれるというべきである。」

2  原判決五枚目裏七行目「かえって」から同八行目「よると」までを「かえって、いずれも成立に争いのない甲第二〇乃至第二九号証、乙第五乃至第一二号証の各二、三、原審証人櫻井鉦三の証言により真正に成立したものと認められる乙第一六号証、原審証人櫻井鉦三の証言、及び原審における第一審被告本人尋問の結果によると」に、同九行目「継ぐことを目的に、」を「継ぐ予定の下に、」にそれぞれ改め、同六枚目表二行目の次に、改行の上次のとおり加える。

「そして、右認定事実によると、音吉が自作農創設特別措置法により原判決別紙第二物件目録記載の土地の売渡しを受けて、その実質的な所有者となったということはできず、それ故、音吉から鉦三に対して解除条件付贈与がなされたというのは、その前提を欠くことになるから、その条件成就後に、音吉から第一審被告に対して贈与がなされるということも、あり得ないといわなければならない。」

3  原判決六枚目末行「乙一五」を「成立に争いのない乙第一五号証」に改め、同裏一行目「記載があり」の下に「、また、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二三号証の一、二によると、昭和三七年二月八日音吉の普通貯金通帳から金一〇万円が引き出されており、」を加え、同三行目「及び金銭」を削り、同四行目「乙二の1、2」を「いずれも成立に争いのない乙第二号証の一、二」に改め、同四、五行目「いずれも」を削り、同五行目「右」から同六行目の末尾までを「右土地の贈与を認定するには至らず、また、右金銭の贈与については、第一審被告が前記乙第二三号証の一、二をその裏付けとなる証拠として提出しているものの、その記載によっても、前記二月八日以外に同月五日及び同月一五日にも各金一〇万円が引き出されているうえ、被写体については争いがなく、その余の部分は原審における第一審被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一によれば、第一審原告富雄が挙式したのは昭和三六年一〇月であったと認められるから、右事実の外、この点に関する第一審原告富雄本人尋問の結果も考慮すると、偶々第一審原告富雄が婚姻届をした昭和三七年二月七日に近接する同月八日に、引出しの記載があることをもって、前記金銭の贈与があったとする裏付けとするには不十分というべきであって、結局、その贈与の事実も認めることはできない。」に改める。

4  原判決八枚目表三行目「乙三の1、2」を「いずれも成立に争いのない乙第三号証の一、二」に改める。

5  原判決八枚目表七行目から同末行までを、次のとおり改める。

「民法九〇四条の二第一、二項によると、寄与分は、まず共同相続人間の協議により定めるものとし、右協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が調停又は審判により定めるものとしている(家事審判法九条一項乙類九号の二、一七条参照)のみであって、遺言で定める旨の規定は存しない。しかるに、第一審被告は、右にいう協議、調停、及び審判のいずれかによって寄与分が定められたとの主張立証をしない。そうすると、寄与分に関する第一審被告の主張は、これを採用することができない。」

6  原判決八枚目裏一行目の次に、改行の上次のとおり加える。

「六 以上の検討に従うと、原判決別紙第一物件目録記載の不動産に対して、第一審原告富雄は共有持分一二分の一の、第一審原告正則及び同伊藤はいずれも共有持分二四分の一の遺留分を有していることになるが、一方、第一審原告らはいずれも、原判決別紙第二物件目録記載の不動産に対しては遺留分を有していないことになる。」

二第一審原告富雄は、主位的に、自己の遺留分に相当する価額弁償として、金員の請求をするので、その当否について検討することとする。

第一審被告が、本件訴訟において民法一〇四一条一項に基づく価額弁償の抗弁を主張していないことは、本件記録に徴し明らかである。

ところで、被相続人は、原則として、遺言によって遺産を自由に処理することができるが、これを無制限に許すと、法定相続の制度と矛盾し、法定相続人の生活保障としての期待権が剥奪されることになる。そこで、民法は、一方では、遺言自由の原則を採りながら、他方で、法定相続人が一定の期間内に私法上の形成権である遺留分減殺請求権を行使したときは、被相続人に遺産につき、遺留分を除外した部分についてしか、自由な処理を認めないことによって、その間の調和を図っているのである。そして、遺留分減殺請求権行使の法的効果は、一般的に、単なる債権の発生ではなく、物権的であると解されているから、その行使によって、遺産の一部が、当然に遺留分権利者に対して、移転帰属することになる。この場合に、遺留分権利者の権利を最も効果的に回復するのは、遺留分減殺請求権の行使によって帰属した遺産そのものを、遺留分権利者に引き渡すことであるから、現物返還主義がその目的に最も合致しているといわなくてはならず、民法においてこれに抵触する規定は存在しないばかりか、一〇三六条や一〇四〇条のように、これを前提とする規定も存在する。もっとも、民法は、一〇四一条一項において、受遺者が価額弁償をすることによって、現物返還の義務を免れる方策を認めているが、そのためには、被相続人の意思、及び受遺者の便宜よりも、遺留分権利者の遺産の回復を重視して、単に価額弁償をするという意思表示をしただけでは足りず、価額弁償を現実に履行するか、またはその履行を提供しなければならないとされているのである(最高裁判所昭和五三年(オ)第九〇七号、同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号六二頁参照)。このように、遺留分権利者の権利を実現するためには、遺産の現物を遺留分権利者に引き渡すことが肝要であり、価額弁償の抗弁によって現物返還の義務を免れる上で、極めて重大な制約が課せられているのであるが、そうであれば、この価額弁償の抗弁を選択するには、受遺者の意思が十分尊重されなければならない。つまり、民法には、受遺者の意思を無視してまで、遺留分権利者に、受遺者に対して現物の返還に代えて価額の弁償を請求しうる旨の規定は存在しないのである。遺留分権利者が受遺者に対して価額弁償として金員の請求をなしうるのは、あくまでも受遺者が価額弁償の意思を表明した場合に限られるというべきである(最高裁判所昭和五〇年(オ)第九二〇号、同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁参照)。これを反対に、受遺者が価額弁償の抗弁を選択していないのに、遺留分権利者に価額弁償として金員の請求を認めるとすれば、遺産が流通性の乏しい換価困難な財産の場合には、遺留分権利者は受遺者以上に有利な地位に立つことになるし、遺産が不動産であって、価額弁償に応じるためには、当該不動産を換価する外ないとすると、換価に伴う譲渡所得税はすべて受遺者の負担となるから、極めて不公平な結果となる。

したがって、遺留分権利者が受遺者に対して、価額弁償として金員の請求をなしうるのは、受遺者が価額弁償の意思を表明した場合に限られると解するのが相当である。

そうすると、第一審原告富雄の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三以上の次第で、第一審原告らの本訴請求のうち、第一審原告富雄の主位的請求は、失当としてこれを棄却すべきであり、同第一審原告の予備的請求、及び第一審原告正則及び同伊藤の請求は、原審が認容した限度で、正当としてこれを認容し、その余を失当としてこれを棄却すべきであって、右と同旨の原判決は相当であり、第一審原告富雄、及び第一審被告の本件控訴は、いずれも失当としてこれを棄却すべきである。

よって、控訴費用の負担について民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野精 裁判官喜多村治雄 裁判官林道春)

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